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盛岡地方裁判所 昭和54年(わ)229号 判決 1982年5月07日

団体役員

甲野一郎

右の者に対する傷害被告事件につき、当裁判所は、検察官久我逸夫、弁護人山中邦紀各出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人吉田正美、同本間昭三及び同古澤清美に支給した分は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三一年八月岩手県釜石市の甲子郵便局に郵政事務員として採用され、その後全逓信労働組合(全逓という。)に加入し、各役員を経て、昭和四六年から全逓岩手地区本部書記長に就任し、昭和四八年一二月からは企業離籍役員として組合活動に専従していたものであるが、昭和五三年六月二〇日朝組合の点検活動のため、岩手県陸前高田市高田町大字大町七〇番地の二所在の陸前高田郵便局を訪れ、同日午前八時二五分ころ、組合員への挨拶を兼ねて貯金保険事務室に立ち入ったところ、室内にいた同郵便局局長代理佐藤京己(当時四五年)からすかさず退去を求められて口論となり、押し返される等して同人と室内出納官吏机脇で揉み合ううち、やにわに両手で同人の腹部付近を強く突いてその身体を約一・五メートル後方の被服箱ロッカーに衝突させる暴行を加え、よって同人に全治約五日間を要する右肘前腕挫傷を負わせたものである。

(証拠の標目)…略

(主要な争点)

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、判示日時、場所(貯金保険事務室)において、陸前高田郵便局局長代理佐藤京己から退室を求められたのに憤慨し、同人に対し、その前方から両手でその首を後に押してその身体をチラシ入れ棚に押しつけ、両手で同人の腹部付近を強く突いてその身体を後の被服ロッカーに衝突させるなどの暴行を加え、よって同人の右肘に判示の傷害を負わせた。」というのである。検察官の釈明によれば、右訴因の暴行とは、(1)被告人がチラシ入れ棚のところで、佐藤代理の首に両手をかけて強く押しつけたこと、(2)被告人が出納官吏机と壁ぎわの鉄庫との間辺りで、両手で佐藤代理を突き飛ばし、そのため同人を二、三歩後退させて体ごと被服箱ロッカーに衝突させ、その際同人の右肘を負傷させたこと、の二回にわたるというのであって、検察官は、(1)、(2)の包括した暴行に基づく一個の傷害罪を主張しているものと解される。

これに対し、弁護人は、右各暴行を否認し、佐藤代理の負傷は自損行為によるものであるし、仮りに被告人に有形力の行使が認められたとしても、被告人の入室は目的も正当で業務を阻害するものでもなく、むしろ当局側が実力行使をしたこと、傷害も軽微であるから、行為に可罰的違法性を欠き、いずれにしても被告人は無罪であり、そもそも本件公訴の提起は、不当な目的による不公平なものであるから、公訴権を濫用してなされたものであり、公訴を棄却すべきである旨主張する。

当裁判所は、公訴事実中(1)の首押しつけ暴行の成立を否定したが(右は包括一罪の一部として起訴されたものであるから、主文で無罪の言い渡しをしない。)、(2)の突き飛ばし暴行による傷害罪を認定したので、以下にこれらの点についての判断を示す。

(当裁判所の判断)

一  陸前高田郵便局の労使関係等について

前掲証拠と(人証略)の当公判供述、全逓東北ナンバー14、56、34、八〇年末中央交渉結果集及び全逓第三一回定期大会報告書、全逓闘争小史(昭和五六年押第二二号の2)によれば、次の事実が認められる。

1  労使間の紛争について

郵便労使の団体交渉は、全逓中央本部対郵政省、同地方本部対郵政局、地方支部対指定局のそれぞれの段階で行われ、幾多の問題を抱えていた。陸前高田郵便局(指定局)では、上田保守が昭和五二年七月に同局長に就任し、昭和五四年七月まで在任したが、この間同局の労使間に新たな紛争が発生し始めた。本件当時、同局職員四二名のうち、上田局長、庶務及び保険担当局長代理佐藤京己(以下佐藤代理ともいう。)、郵便担当局長代理菊地真夫、労務担当主事菊池清の四名の管理者と組合未加入者四名を除く全員が全逓気仙地方支部の組合員であった。上田局長は就任後、同局の全逓組合員が始業時刻前になすべき更衣や出勤簿押印を勤務時間内に行い、休息時間外に休みをとったり勤務時間中に組合活動をし、上司の指示に反抗したり暴言を吐き、集団抗議や不法入室をするなど職場内の秩序を乱しており、また、当局の駐車禁止を無視したり、階段倉庫を無断で使用するなど庁舎管理上にも問題を起しているとの認識の下に、その改善、指導につとめたが、実効は必ずしも上らなかった。そこで同局長は、昭和五三年四月一七日全逓気仙地方支部同局分会の伊藤忠一運営委員会副委員長に対し、出勤簿押印の勤務時間内食い込み問題に関し、当局側の指導に従わない職員については、賃金カットあるいは問責等による厳正な態度で臨む旨を通告した。このため、これに反撥する同局全逓組合員との労使関係は更に悪化するに至った。

その一つとして、出勤簿押印問題がある。従来、職員は始業時刻の午前八時三〇分までに出勤し、右時刻から三分間郵便体操(以前はラジオ体操)をしてから執務に入り、この間適宜に更衣が行われ、出勤簿押印は、急ぎの執務があれば始業時刻後の手すきの時になされることも許され、このような場合に押印が拒否されたことはなかった。ところが、上田局長が就任して間もなく、上田局長ら管理者及び組合未加入者らは、右郵便体操に加わらず、前記通告後、管理者は午前八時三〇分になるとすかさず出勤簿を引き上げ、以後押印の遅れに対し、一分刻み計算(一分未満は切捨て)で遅刻扱いとし、これを賃金カットの対象とし、現実には賃金カットを行うには至らなかったが、同年四月二一日ころから同年五月半ばまで一三名(延一六名)の職員を注意処分に付した。

また、「良識者」問題について紛争が生じた。上田局長は就任後、職員を「良識者」にするよう指導した。同局長によれば、「良識者」とは、本来の郵政という公共事業を全うするため、その事業の本質、使命を理解し、法令や秩序を守り、仕事に対する意欲的な姿勢、責務の自覚等を有する職員であるというのであり、具体的には全逓未加入者、全日本郵政労働組合(以下全郵政という。)の加入者、全逓加入者の一部で右の指導方針に従う者であって、その氏名も特定されていた(なお証人上田保守は当公判廷で、「全郵政の職員は全員が良識者になります。」と断言している。)。全逓組合員のうち、良識者と目された及川主事ら四名が昭和五三年五月一八日付で全逓を脱退した(同年七月一日、他の未加入者を含めて全郵政陸前高田支部を結成するに至った)ことも、上田局長の良識者育成方針に合致したと見られる。以上に対し、組合側は、右のような良識者育成は全逓組合の切り崩しを意図するものに外ならないとして、一層反撥するに至った。

2  組合側の対策と被告人の点検活動

上田局長の一連の指導ないし施策に対し、全逓気仙地方支部は、昭和五三年五月二三日問題を組合上部に移して指示を求め、その結果中央本部の指令を経て、同月二九日東北地方本部の指示に基づき、同年六月一日から三六協定(労働基準法三六条の時間外及び休日協定)の締結をしないこととして、当局側に対して抗議の意思を表明し、岩手地区本部の指導の下に取り組みを強化した。

被告人はこのような組合の方針に則り紛争に対処するため、同年五月二九日陸前高田郵便局を訪れ、実情報告を受けて指導を行い、同年六月一九日再び同局を訪れ、出勤簿押印問題等の状況報告を受け、翌二〇日朝の始業時刻前その実情点検と組合員への慣例的な挨拶を兼ねて同局舎内に立ち入った。

二  公訴事実の成否について

1  外形的事実

前掲証拠と(人証略)に対する各証人尋問調書によれば、次のように認められる。

当時の陸前高田郵便局内貯金保険事務室内の状況は別紙見取図(略)(司法警察員作成の検証調書の見取図第五図による。)のとおりであり、被告人は同月二〇日午前八時二五分ころ、局内郵便事務室を通って出入口より貯金保険事務室に入った。その時、同室内には、菅原康、伊藤吏の二組合員の外、佐藤京己が局長代理机に、郵便貯金主事出納官吏古澤清美が出納官吏机につき、保険内務主事及川国司が自席脇の保険原簿保管箱前にいた。(イ)被告人は入室すると、室内にむけて「おはよう」と声をかけたところ、組合役員の被告人を見知っている佐藤代理がすかさず「甲野君、無断で入って来ちゃ困るじゃないか。」と詰問し、退去方を促した。しかし被告人はこれを無視するように、局長代理机の前の同室内の中央の方へ進みかけたので、佐藤代理はすぐさま席を立ち、右机の前に出て被告人に立ち向い、大きな声で「許可を受けないで入っては困る。まず出て行きなさい。」と申し向けたところ、被告人が「今許可を取ればいかんべ。」と言い返したので、佐藤代理は「今許可するわけにはいかない。まず出て行きなさい。」と重ねて申し向けたところ、被告人も「お前ははね上っている、組合員を脱退させたのはお前だろう。」等と応酬して口論となった。(ロ)そこで佐藤代理は及川主事に、「庶務へ連絡して労担(労務担当主事菊池清のこと)を呼べ。」と申しつけ、両腕を後ろに組んだまま被告人に自らの腹部辺りを押しつけ、出入口の方へ二、三歩進んだため、被告人は後退させられ、その間履いていた片方のスリッパが脱げ、佐藤代理の腰のバンドを掴むなどしたが、同人はこれをすぐに払いのけた。(ハ)チラシ入れ棚のところで体勢が入れ替わり、棚を背にした佐藤代理(見取図点)を被告人が押す形となり、同人の首辺りに手がかかったところ、同人はその手をすぐさま払いのけ、「暴力じゃないか、暴力はやめなさい。」と言い、及川主事も駈け寄って、「首を絞めるとはひどい。」と大声で言って二人の間に割って入り、被告人と相対する形となった。(ニ)更に体勢が替わり、今度は被告人がチラシ入れ棚前から出納官吏机斜め前(見取図の方向)に向って佐藤代理を押し、そのころ駈けつけた局長代理菊地真夫と労担主事の菊池清の両菊地(池)が相次いで右貯金保険事務室に入るや、一方で出入口のドアを押さえて隣室からの組合員らの入室を阻止し、更に出納官吏机脇鉄庫前の狭い空間で被告人が佐藤代理と押し合っていたところに、両菊地が被告人を制止すべく入り込んで四人がだんご状となって揉み合ううち、被告人と佐藤代理の身体が僅かに離れた一瞬、被告人が見取図点に立つ佐藤代理の腹部辺りを両手で一回強く突き放した。そのため、佐藤代理は二、三歩よろめいて後方の被服箱ロッカー(見取図点)に背中ごと衝突させられた。佐藤代理は、「痛い、暴力だ。怪我をした。」と言って肘をまくった。そこで両菊地が被告人を直ちに出入口近くまで押し出して排除し、被告人は脱げた両方のスリッパを及川主事に揃えて貰い、それを履いて退室した。

以上(イ)ないし(ニ)の一連の動作が行われたのは二、三分以内である。

右のうち、(ハ)のチラシ入れ棚で被告人が佐藤代理の首辺りに手をかけた所為と、(ニ)の出納官吏机脇で被告人が佐藤代理を突き放した所為とが公訴事実の各暴行に符合すると思われるので、次に右所為が暴行(傷害)にあたるか否か、可罰的違法性を欠くか否かについて検討を進める。

2  被告人の貯金保険事務室内立入りとこれに対する郵便局長代理の措置について

まず、被告人が貯金保険事務室に立入りをしたのは前示のように主に点検活動のためであり、始業時間前の極く短時間になされ、その態様も平穏であったものと認められる。そして被告人が当公判廷で、これまで同局や他の職場で一時的に入室したがこれを拒まれたことはなかった旨供述しているように、右のような立入りはこれまでも行われており、特別の事情がない限り直ちに退去を求められたことはなかったところと認められる。

ところで、前掲証拠と陸前高田郵便局職務規程(昭和五六年押第二二号の24)、郵政小六法(同号の1)によれば、佐藤京己は、庶務担当局長代理として庁舎管理権限を代行する地位にあり、右職務規定に基づき、同局の職員の結成する組合と重要な事項を除く勤労条件その他の件について交渉し(八条の6)、局舎内外の監視をし(八条の20)、出入商人等部外者の職場立入り許否をすること(八条の23)を専決施行する権限を有していたから、被告人の前記立入りについてもその許否権ないし退去を命ずる権限を有していたと解される。更に、郵政省庁舎管理規程によれば、庁舎管理者は秩序維持等に支障がないと認める場合に限り、庁舎等の一部をその目的外に使用することができ(四条)、演説、ビラの配布その他これに類することを原則として禁止するが、庁舎等における秩序維持に支障がないと認める場合に限り、これを許可することができ(七条)、庁舎内に立ち入ろうとする者に対し、その目的等を質問し、庁舎等における秩序維持等のため必要があると認められる場合は、立入りを禁止する等必要な措置を講じなければならないが(九条)、立ち入りし又は立ち入ろうとする者に対し、正当な理由があると認め、又は庁舎管理等における秩序維持等に支障がないと認める場合には退去を命じなくてもよいと解される(一一条)のである。このような各規程のあり方や労働組合運動の本旨を理解するならば、局長代理としては、被告人の右のような一時立ち入りを拒否する理由はなかったはずであり、少なくとも庁舎管理権限を代行しようとするならば、被告人の入室目的、在室時間等をまずもって質問し、その上で規程の趣旨に照らし、許否の判断をすべきであった。しかるに、佐藤代理はこのような手続を踏まず、被告人を直ちに違法の人と断じ(証人佐藤京己の当公判供述)、一方的に入室不許可、退去方を通告し、間髪を容れずに被告人を排除するため労担主事を呼び、自らの身体をもって被告人を押し戻すという実力行使の挙に及び、かように押された被告人が手を同人の身体に触れるや、「暴力はやめなさい。」等とやや大袈裟な言動をなしていたと認められることは、前記判示のとおりである。

以上によると、被告人の貯金保険事務室内への立入りは、その目的、態様に照らし不法、不当なものとは断じ難く、むしろ佐藤代理の措置に若干の問題があったということができる。同人が庁舎管理規程の趣旨を正しく把握し、たとえ相対立する組合の役員であったにせよ、直ちに被告人を違法視することなく、その立場を今少し尊重して対処したならば、本件のような紛争は生じなかったところと思料される。検察官は、最高裁昭和五四年一〇月三〇日第三小法廷判決(集三三巻六号六四七頁)を引用し、被告人の入室そのものが不法であったと主張するが、右判例は、労働組合員が当該施設内にビラを無許可で貼付した場合に関するものであって、挨拶等のための一時立入りに関する本件とは事案を異にするのみならず、右の判旨は、「組合員に対し、施設の利用を許さないことが当該施設につき使用者が有する権利の濫用と認められる特段の事情がある場合を除いては」という留保付のもとに、組合員らが無許可で使用者の物的施設を利用することは許されないとしているものであって、本件にこれを引用することは適切ではない。

3  チラシ入れ棚前における首の押しつけ暴行の成否

まず、証人佐藤京己に対する証人尋問調書によると、「被告人が私の腰のバンドに左手をかけたので、その手をむしり取り、暴力じゃないか、と高声で言った。その間に体勢が入れ替り、私がチラシ入れ棚を背にして立つ恰好となった(見取図点)。そこで被告人が私の首に左手をかけ、親指と残り四本の指をV字型にして首にかけ、右手を私の首あたりにかけたまま押した。チラシ入れ棚が低かったので、それが腰のあたりにくっつき、上半身がのけぞるような形になった。そこですぐ被告人の左手を払って、首を絞めるとはひどいじゃないか、と高声で言った直後、及川主事が飛んで来て、被告人に首を絞めるとはひどいじゃないか、と言っていた。」というのであり、右供述内容は検察官の主張にそうものと考えられる。

これに対し、被告人は当公判廷において、「佐藤代理が手を後ろに組んで押して来た。二、三歩押されるままスリッパが脱げた。床がリノリュームで滑るので、佐藤代理の腰のバンドにしがみついた。チラシ入れ棚のところで、私はこういうことをなぜやるんだ、誰の指示でやるのか、という趣旨のことを言い、佐藤代理が出て行け、という問答があり、その時に相手も手を使っており、私も踏んばっているので、その時に自分の手が相手の胸のあたりに飛んだ。それは首を絞めたとか何かではなく、そのさわった時に、及川が大きな声で、首締めた、と言って飛んで来た。」(第五回公判証人佐藤京己との対質尋問供述)、「佐藤代理が代理机の前で手を後ろに組んで一、二歩押して来た。チラシ入れ棚の所で、私の手が佐藤代理の胸にあたった時、及川が首を絞めた、と言って飛んで来た。その前に佐藤代理が暴力やめろ、という発言をしている。私は首を絞めてもいないのに何だ、と言って及川の方に立ち向おうとした。佐藤代理が押して来るので同人のバンドにしがみついたことはあるが、チラシ入れ棚付近で首を絞めるとか、ネクタイに手を掛けることはしていない。」(第一〇回公判)旨供述している。

ところで、佐藤京己は、第五回公判廷で、「<3><4>(チラシ入れ棚前を指す)で締められたと言いますけれども間違いです。<2>(局長代理机前)から<3><4>の地点に押される間と、<3><4>の地点あたりから<5>(鉄庫の前を指す)の地点あたりまでの二回です。<3><4>の地点でも<5>の地点でも被告人に首を押さえられたこともありましたが、私がすぐ離させたのです。」旨供述し、首を押さえられた主な場所はチラシ入れ棚前ではなく、チラシ入れ棚前では首締めはなく、首にかかった手を自ら払いのけた旨さきの証人尋問調書の内容を訂正するに至った。そこで更に他の目撃者の証言を検討する。

証人及川国司に対する証人尋問調書によると、同人は、「佐藤代理に命じられるまま、菊池労担主事に局長代理机の電話器を取ってかけたが、連絡がとれないうちに、佐藤代理が首を絞めるのはやめろ、と言ったので振り向くと、佐藤代理はチラシ入れ棚に背中を押しつけられ、被告人の片方の手の親指と人差し指の間に首をはさまれ、のど輪責めをされるように押し上げられて苦しそうにしているようであり、自分のネクタイを自分で引っぱっていた。そこで傍に寄り、被告人に首を絞めるのはやめろ、と二度叫んだら、被告人は手を離した。」旨供述している。しかし、佐藤京己自身、被告人にチラシ入れ棚前で首を押さえられたがすぐ自分で払いのけ、首を絞めるのはひどいじゃないか、と抗議し、その直後に及川が駈け寄った旨供述しているのであり、及川の前記供述は、佐藤京己の供述と牴触しているばかりか、被告人及びその他の目撃証人の供述とも相容れず、部分的に誇張が感じられ、にわかに信用することができない。

証人古澤清美に対する尋問調書によると、同人は、「当日朝出納官吏机の前で仕事の準備をし、金庫の扉を閉めた。佐藤代理の入室後間もなく被告人が入室したところ、佐藤代理が被告人に、無断入室は困る、出て行きなさい、と二、三度言ったが被告人は聞き入れようとしなかった。その間私は席を立って歩き、窓口会計機の処へ行ってその点検を始めた。その時、及川が人の首を絞めるな、と二、三度言うのが聞えた。見ると被告人が片方の手で佐藤代理の首をのど輪のようにして押し、チラシ入れ棚前あたりから出納官吏机と鉄庫の間の方へ移動しているところであった。」旨供述している。古澤が居たという窓口会計機付近は、チラシ入れ棚の至近距離にあるから、もし被告人がチラシ入れ棚に佐藤代理をのけぞるような形で押さえつけたとするならば、当然その察しがつくところと思われるのに、右事実は目撃されていない。

そうすると、被告人が佐藤代理の首に手をかけたことが認められるとはいえ、それは同人の実力行使に対し突発的に手が出たという程度のもので、首を絞める意図に基づいたものとまでは認め難いし、直ちに払いのけられる程度のものであったと認められる以上その有形力の行使を目して暴行(刑法二〇八条)に該当する態様のものと認定することができない。弁護人の主張は右の限度で理由がある。

4  鉄庫前における突き放し暴行(傷害)の成否

被告人が鉄庫前(見取図点)で佐藤代理を強く突き放し、そのため同人が被服箱ロッカー(同点)に背中ごと衝突させられたことは、(人証略)の供述(標目3、4、6)によって認められる。関係証拠によると、(1)その直後佐藤代理が「痛い、怪我をした。」と言って肘をまくって見せたこと、(2)被服箱ロッカーの取手は床上九三・五センチメートルにあり(標目14)、身長約一五八センチメートルの佐藤代理が突き飛ばされてよろめき、右肘がこれに当ったと推認できること、(2)佐藤代理は、被告人が組合書記室に入ったのを見届けてから上田局長にこれを報告し、相談の上午前九時過ぎ市内の高田病院に行って治療を受け、診断書を作って貰ったこと、(4)その後右肘部の指頭大の腫脹の存在の証拠保全がなされたこと(標目13)が認められ、以上の状況に徴しても、右受傷が被告人の突き放しによって生じたものと認めるに十分である。

弁護人は、佐藤代理の負傷は何らかの自損行為によるものであり、傍の金庫の扉が開かれており、その扉に当って生じた可能性もある旨主張する。しかしながら、金庫の開閉を直接担当する立場にあった証人古澤清美の前記供述によれば、同人は金庫を閉めてから窓口会計機の方に向ったと言うのであり、及川国司ら当局側証人も当時金庫の扉が閉っていた旨供述している。これに対し、組合側証人の菅原康、同伊藤吏は、当時金庫の扉は開いていた旨供述し、証人菅原は佐藤代理の傷は揉み合いの際、金庫の扉に当ったからではないかとの推測的供述をしているが、同人は当時、自分は金庫脇の直近に居たと証言しながら、肝心の突き押しの状況は見えなかったとも供述し、証人伊藤も自席から見取図点に佐藤代理が衝突したか否かは見えなかった、と供述しているに過ぎない。仮りに金庫の扉が開いていたと仮定しても、金庫の扉の構造、開閉状況、被告人と佐藤代理の押し合いの位置等に吟味を要すべきところ、当裁判所の検証に際しても、その点の解明は求められず、右検証の際の被告人並びに佐藤代理の指示説明における佐藤代理の位置(右検証調書'点)では、金庫の扉に衝突しない公算が大である。更に、佐藤代理の前示右肘前腕挫傷は、押し合いに際し金庫扉によって生じたものと見るよりも、突き飛ばされて被服箱ロッカーに衝突させられた際その取手に当ったと認める方がより合理的であると考えられる。以上のとおりで、佐藤代理の負傷が自損行為に基づくとの弁護人の主張は採用できない。

次に、弁護人は、被告人の右所為が可罰的違法性を欠く旨主張するので検討する。

これまでに説示したように、被告人は組合役員として点検活動の一環として入室し、その態様も始業時刻前に室内の組合員に挨拶するための一時的な立入りであったと認められるから、立入り自体は業務を阻害するようなものではなかったのに対し、佐藤代理が有無を言わさずに被告人に退去方を命じ、両菊地ら管理者と共に中ば強制的に被告人を退去させたものということができる。また、佐藤代理の傷害は、前掲証拠(標目10、11)によると、「右肘に軽い腫脹と疼痛があったが、非常に軽傷であり、放置しても自然に治る怪我であり、薬も出さなかった。診断書を請求されたので治療五日間とした。」という程度のもので、軽微なものであったと認められる。しかしながら、被告人の立入りが前示の目的のものであってみれば、室内組合員への挨拶も済み、速やかに退去しても同室内の点検が妨害されたとまでは解し難いのみならず、出入口から排除されることに抗議するように、鉄庫前で奥の方に向かい佐藤代理と押し合い、両菊地らとも揉み合う紛争を生じさせ、一瞬の隙に、両手で佐藤代理を突き放し、約一・五メートル後方の被服箱ロッカーに衝突させるほどの有形力を行使したことは、相手に対する説得、抗議の域を越え、暴力の行使に当るといわざるを得ない。また、始業時刻前とはいえ、職員が出勤する時間帯で貯金保険事務室内という公的な場所においてこれが行われたことも看過することが出来ない。一方的な退去要求と実力で排除されようとした被告人の当時の心境には酌むべきものがあるとしても、佐藤代理らが、被告人の些細な動作を捉えて「暴力だ。」と挑発的な言動を繰り返していたのであるから、被告人としても今一歩慎重な態度をとるべきであったと考えられる。

右の突き放しに至る経緯には、量刑上斟酌すべき事情が認められるが、傷害の結果発生の点をも勘案し、当裁判所としては、右所為が可罰的違法性を欠くものとは認めることが出来ないから、弁護人の右主張は採用しない。

三  公訴権濫用の主張について

弁護人の主張は、要するに、被告人には暴行を加えた事実はなく、佐藤代理や両菊地の排除行為こそが暴行であり、被告人の立入りによる業務阻害もなく、入室の目的も妥当であったのに、検察官は被告人が全逓の役員であったことに着目し、郵政労使関係の中で官側指導の下に全郵政の結成及び定着を容易ならしめるため、当局側に一方的に加担して公訴を提起したものであり、当時不起訴とした国鉄労働組合員の事例と対比しても不公平な差別的起訴をしたものであるから、本件公訴は、公訴権を濫用してなされた無効のものということができ、公訴棄却の裁判をすべきである、というものである。

検察官は国家機関として、原則として訴追権限を独占する(刑訴法二四七条)と共に、広汎な訴追裁量権を有し(同法二四八条)、刑事について裁判所に法の正当な適用を請求し、公益の代表者としての職責を全うする立場にある(検察庁法四条)から、単なる原告官であるに止まらず、一党一派に偏せず、正当な刑罰権の実現をはかるような訴追をなすべきことが要求される。公訴提起が、不法目的の下に訴追裁量権を逸脱したことが明白な場合には、公訴提起は無効(刑訴法三三八条四号)となり、公訴棄却がなされなければならない。

本件についてこれを見るに、陸前高田郵便局の労使関係の悪化の原因には、当局側の慣行無視ないし組合に対する支配介入が存したのではないかと疑われる情況が認められるところ、被告人の本件室内立入りの目的、態様、これに対する庁舎管理権代行者佐藤京己の措置の妥当性、同人の負傷の程度が軽微であったことをも勘案すると、本件は、被告人に対し訴追を必要とする事案であったかについて若干の疑問の余地なしとしない。しかしながら、検察官主張の訴因ないし背景事情は、概ね当局側の供述等に依存しているものであり、この観点から本件を考察すると、被告人の所為は必ずしも微罪とは言い難いものと思料される。人の身体に対する法益侵害(傷害)が行われたと認められる以上、被害者の立場をも代弁し、訴追することによって正義の実現を図ることは刑訴法の目的に沿うものであろうし、訴追は検察官が把握した嫌疑を中核としてなされるものであり、審理の結果、嫌疑がなく又は比較的微罪であったことが判明したとしても、そのことはまさに実体裁判の成果に外ならないのであって、そのこと故に公訴提起が遡って不適法とされるべきではない。本件は、労使間の対立の背景の下になされた暴行、傷害事件として立件されたと認められるところ、被告人は、本件の行為その他主要な事情につき司法警察員や検察官の取調に対し、一切黙否し、組合側関係者も捜査に協力的であったとは認められず、現場で目撃したはずの組合側の証人菅原も捜査当局の呼び出しに応じなかった旨供述しているところ、このような事の成り行きからすれば、検察官の証拠収集は、当局側関係者の供述を中心とせざるを得ないであろう。

また、本件の捜査、訴追に当り、検察官が全郵政に加担し、全逓の切り崩しを策したような事情は全く認められないし、他の国鉄職員に関する別異の事件が不起訴となったことを考慮に入れても、本件公訴提起が訴追裁量権を逸脱したものとは認められない。弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、右の罰金を完納することができないときは刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお、以上の情状を斟酌し、刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用のうち主文掲記の分を刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させる。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小島建彦 裁判官 森本翅充 裁判官 松嶋敏明)

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